君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜
 
 夜になり、私は専務が予め購入してくださった、ワインレッドのドレスに身を包んでいた。
 指輪は辞退したものの、首元には値段を見るのも恐ろしい、ダイヤのネックレスが輝いている。髪型は編み込みを加えたハーフアップにして、メイクも普段より濃いめにしてみたが、ネックレスとドレスに負けている気がする。

 そろそろパーティーの時間が近づいてきたので、専務の部屋を訪ねた。すぐにドアが開き、専務は私を部屋に招き入れた。そして、着飾った私を凝視してくる。

「……よく、似合ってる」
「ありがとう、ございます」

 専務は質の良いタキシード姿だ。髪型もきっちり整えており、艶っぽい雰囲気に圧倒される。普段のスーツ姿以上に、素敵すぎて目のやり場に困る。
 専務は自分の魅力をよく分かっているようで、距離を縮めてきた。

「楓?」
「い、今は、仕事中だと思います! 相沢と、お呼びください……」
「ここは俺の部屋。お前と二人きりだ。着飾った可愛い楓とベッドがあるのに、襲わず我慢しているんだから、名前で呼ぶくらい許してくれ」
「!?」

 思わず専務を見ると、初めて会った時のような、鋭い目線で射抜かれる。肉食動物に狙われた獲物はこんな気分なのかもしれない。

「無理矢理襲う趣味はない。安心しろ」
「……は、はい……」

 紳士のような発言とは裏腹に、獰猛な視線にクラクラする。専務は、私が意識して顔を赤く染めたことで満足したのか、そのまま流れるように完璧なエスコートで、パーティー会場へと足を運んだ。

***

「本日は、城ヶ崎ホテル&リゾート京都、リニューアル完成披露パーティーにお越しいただきまして、誠に有難うございます」

 壇上の専務は、沢山の光を浴びて眩しい程に格好いい。マイク越しの声も堂々としている。飾られた両サイドの花も、まるで専務を引き立たせるために存在するかのよう。

(あんなに立派な人と、私が? ありえない)

 専務が私に好意を持っているのは、専務の態度からも明らかだ。だけどやっぱり、記憶のない一年の内に、彼と関係があったと言われても全く信じられない。

(住む世界が違う人。年齢でさえ追いつけないのに……)

 身の程知らずの恋をした私は、当時何を考えていたのだろう。ひとときの幸せでもいいと思っていたのかな……。

 無事挨拶を終えた専務が、大きな拍手を浴びている。私も誰にも負けじと必死に大きな拍手を送る。
 専務はこの後、暫く壇上で過ごすはず。ゲストから祝辞をいただき、最後にテープカットをする予定だ。

 手の届かない遠くにいる専務を見つめながら、私は、近くにあったお酒に少しだけ手をつけた。
 飲みやすいフルーティな味わいのワイン。万人受けするタイプのワインで、女性客が多い今日は好まれる味だろう。このホテルの接客もきっと納得いくものになるまで教育されているのだと感じ、嬉しくなる。
 
 専務や高林部長の側で、秘書として尽力している間は堂々としていられる。でも、ただの「相沢楓」として、記憶のない私は、専務とどう向き合えばいいのだろう。
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