君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜
 
「相沢楓、さん?」
「はい?」

 呼ばれて振り向くと、見知らぬ派手な女性が私を見ていた。幼い女の子連れだが、私に対して敵意剥き出しの瞳にギョッとする。

 すると女の子がその女性の手を引きながら、「ママー! ジュース!」と叫んだ。

「いいわよ。ほら、あの椅子に座って飲みなさい」
「はぁい!」

 女の子は2歳くらいだろうか。お付きの秘書のような男性が、少女とともにジュースを取りに行く。女性が示した通り、会場の隅に設置された椅子に座った。
 それを見届けてから、ゆっくりコツコツとヒールの音を響かせて、女性が私の目の前にやってきた。

「貴女、まだ遼一にまとわりついてるの?」
「え?」
「2年前にも教えてあげたでしょう?」

 2年前、という言葉から、私が記憶を失くした時期のことだと分かった。彼女は敵意を私に向けたまま、「貴女は遊びだって教えてあげたはずよ」と、ニンマリ笑った。
 同時に、頭痛と共に記憶が押し寄せてくる。


『このお腹をご覧になれば分かるでしょう?』
『私と遼一はそういう関係。貴女は遊びだったのよ』
『いくつ年齢差があると思ってるの?生まれも育ちも違う貴女が、まともに釣り合うわけないじゃない。ちゃんと私に返してくださいね。』


「っ!?」

 目の前にいる女性のお腹が大きい記憶。妊婦であった彼女に言われた、衝撃的な言葉達。

「大きくなったでしょ」

 恐らく頭痛で顔を歪ませてしまった私に、にこやかに次の衝撃を与えてくる。

「あの子。あの時の子よ。2歳になったわ。遼一に、似ているでしょう?」

 あの時とは、先程思い出した記憶の時のことだろう。あの子は、遼一さんの……?

「帰国したら結婚するつもりだったの。だから邪魔しないでくださいね」

 女性は私を一瞥し、女の子の元へと移動する。私は頭痛に耐えながら、呆然とその場に立っていた。



 その後のパーティーは、体調不良に気付いた専務に部屋に戻るよう言われてしまい、途中で離席してしまった。

 目の前で、あの女性と専務が、感動の再会を遂げてしまったら……。あの女の子が専務を「パパ」と呼んだら……。
 そう思うと怖くなり、自分の宿泊部屋に逃げ帰ってしまったのだ。

(せっかく専務が選んでくださったドレスだったのにな……)

 それ以前に職務放棄だ。今度こそ業務中に体調を崩してしまった。クビかもしれない。
それとも──。

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