君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜
そんな時、あの女性、梶原眞梨子さんに出会ったのだった。
遼一さんに秘密で呼び出されたホテルのラウンジに、眞梨子さんは約束の時間より遅れて登場した。
大きいお腹を大事そうに抱えて。
『単刀直入に言うわ。遼一と別れなさい』
『……何故でしょうか』
『このお腹をご覧になれば分かるでしょう?』
意味が分からなかった。
彼女は愛しそうにお腹を撫で、そして『遼一の子よ』と自信満々に述べた。
『私と遼一はそういう関係。貴女とは遊びだったのよ』
『……でも!』
彼は、遼一さんは、そんな不誠実なことをする人ではない……。そう、信じたいのに。
大きなお腹を前にして、思考がうまく回らない。
『貴女といくつ年齢差があると思ってるの?それに、生まれも育ちも違う貴女が、まともに釣り合うわけないじゃない。ちゃんと私に返してくださいね』
何も言い返せなかった。
遼一さんには婚約者がいるという噂もあった。もしかしたらそれは本当で、彼女こそが遼一さんの相手なのかもしれない。
彼女は大手百貨店の社長令嬢だ。由緒正しい家柄の、婚約者。そして、妊娠……。
(私は、浮気相手だったんだ……)
彼女に何も言い返せないまま、彼女が何か捨て台詞を吐いて去っても、私はその場で呆然と座り続けていた。
目の前のアイスコーヒーは、一口も飲まれることなく氷はすべて溶けていった。
***
(たぶん、ほとんど全部思い出した)
何度も見たあの夢。
あれは、彼に別れを告げる為に、空港へ行く過去の私だった。自分が浮気相手だったことを知り、絶望しながら走っていた。泣かないように、最後くらい笑って別れたい、良い思い出をありがとうとお礼を言うのだと決意して。
だが、彼に何も言えないまま、私は転落した……。
(ああ。思い出したくなかったな)
再会後、専務に惹かれていく想いに蓋をして、気づかないフリをしていた。
だけどもう、とっくに彼のことを好きになっている。好きだったあの頃に負けないくらい。
(でも、また、忘れよう)
彼に釣り合わない自分。
両親を亡くしてから、あんなに人に甘やかされたのは初めてだった。だからきっと絆されてしまっただけ。あの頃とは違う。
(今度こそ、忘れないまま、さよならしなくちゃ)
涙はもう、流れなかった。