君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜
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「遼一! そろそろ来てくれるかなって思ってた!」
眞梨子は、所謂俺のストーカーだ。
親戚だから警察にも突き出せないことをわかっていて、昔から俺に付き纏っていた。
俺の許嫁だと勝手に言いふらし、俺と親しい女性に嫌がらせをしたり、自宅に突撃してきたり、ずっと迷惑ばかりしてきた。
学生時代は無視して多少のことは我慢していた。だが、会社を継いでから、大事な取引相手にも被害が及んだ。そこで、眞梨子の両親に話をし、守らなければ業務提携を止めることを条件に、今後一切俺に関わらないと誓わせた。
その後は本当に会っていないし、会話もしていない。パーティー会場で見かけることはあっても、関わりはないと思っていた。
2年前に他の男と結婚して子どももいるはずなのに、本当にコイツの仕業なんだろうか。
何年振りかに会う眞梨子は、昔と同じキツイ香水の匂いと気味の悪い笑みを浮かべている。
家の中に上がるのを拒否すると、庭園に連れていかれた。小さな女の子が土遊びをしている。しゃがんだ姿が丸っこい。
「娘の愛梨沙よ。貴方に似てるでしょ?」
「そりゃお前は従姉妹だからな」
そう、ただの従姉妹。彼女に特別な感情を抱いたことは一度もない。もちろん、子どもが出来るような行為をするはずもない。
「……楓に何か言ったのか?」
「ふふっ。気付くのが遅いわね」
意外にもすぐに認めた。「何を言った!?」と思わず声が荒ぶる。
「怖い顔。子供が泣くから声は抑えて」
眞梨子はそう言ったが、愛梨沙ちゃんは気にせず土いじりをしている。だが、泣かれても面倒だと思い、声を抑えてもう一度問う。
「何を楓に言ったんだ」
「2年前は、大きなお腹で、赤ちゃんが出来たって言ったの。そしてこの間のパーティーでは、産まれた娘は貴方に似てるって」
得意げな顔で信じられないことを言うこの女に、瞬時に怒りが沸る。
「ふざけるな!」
思わず大声で怒鳴ると、今度こそ愛梨沙ちゃんが驚いたのか、眞梨子の足下に駆け寄ってきた。眞梨子は愛梨沙ちゃんを抱えながら、被害者のような顔をしてこちらを見てくる。
「わ、私だって、ずっと、貴方が好きだったのよ!」
「お前の事情は知らん。俺が大切なのは楓だけだ」
「急に貴方に会ってはいけないと言われて、勝手に好きでもない人と婚約させられて、結婚して。私がどれほど悲しかったか分かる?!」
「それでも、その子の父親はお前の夫だろう。その子が聞いたら悲しむような嘘を吐くな。──このことはご両親の耳に入れる。タダで済むと思うなよ」
怒りのまま怒鳴り散らしてしまいたかったが、小さな子どもの前で母親を侮辱することもできず、なんとか思いとどまった。
その日の内に、眞梨子の実家である梶原百貨店との全取引を停止。眞梨子の夫の会社である小村物産との取引も未来永劫行わないことを決定した。
眞梨子の監視は強化されることになり、今後、俺と俺の周りの大事な人に接触した場合は、警察に被害届を出すと通告。
楓に対する嫌がらせについては証拠がないが、過去の執拗な付き纏い行為や、嫌がらせについては証拠を残しているからだ。
2年前も、今も、楓を守れなかった。
両親を早くに亡くして、頼れる親族もおらず、1人で生きてきたと言っていた。その上、この2年は記憶喪失で大変な苦労をした楓。更に、眞梨子から嫌がらせを受けていたなんて。
彼女を守るのも、甘やかすのも、安心できる居場所を作るのも、俺の役目だと思っていた。だが、俺は何が出来ただろう。
悔しくて、不甲斐なくて、苦しい。
──それでも。