君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜
 秘書室の扉にもたれかかる男性。
黒髪の短髪はナチュラルに整えられ、切れ長の瞳によく似合って清潔感がある。鼻筋はすっと通って高く、薄い唇がいたずらに笑う。
 明るいグレーのスーツが細身の身体にフィットして、その端正な顔立ちも含め、まるでモデルみたい。

「せ、専務っ?!」

 麻紀が素っ頓狂な声を上げたが、専務の目線は真っ直ぐ私の方を向いている。
 私は驚いて、そしてどんな言葉を紡げば良いか慌てていた。自分の感覚では、間違いなく「はじめまして」だが、以前にきっと顔を合わせるくらいはしているはずだ。「ご無沙汰しています」が正解?何て言えばいいのかしら!?

「お、おはようございます、専務」

 なんとか挨拶を捻り出した。すると、何故か一瞬専務の顔が不機嫌に歪んだ。

「おはよう、相沢楓さん」
「!」

 なんと、フルネームを記憶してくださっている。親しい間柄ではなかっただろうから、このオフィスに勤める従業員の名前を全て覚えているのかもしれない。
 でも何故そんなに不機嫌そうなの?!

「……あの……」
「流石専務! ご帰国されてすぐに出社されているなんて! あ、申し遅れましたが、私、相沢の同期の華園麻紀と申します!」

 麻紀が勢いよく専務に言ったが、彼の目はずっと私を捉えていて、なんだか居心地が悪い。それでいて、何故か蛇に睨まれた蛙のように目が離せない。

「ありがとう。華園さん。これからよろしく。……相沢さん、後でコーヒーをお願いしてもいいか?」

 まっすぐに私を見据えたまま、何故か私をご指名だ。コーヒーは通常自分の秘書に頼んだり、自分で淹れる役員もいる。何故、私に?
 しかしNOとは言えない下っ端会社員、ここはYESと答えるより他はない。

「……はい。すぐにお持ちします!」

 そう言うと、専務は少しばかりご機嫌が直ったのか、軽く笑みを残して役員室の方へと戻っていった。
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