転生令嬢はご隠居生活を送りたい! 王太子殿下との婚約はご遠慮させていただきたく
 別に、他意があるわけではないのに。
 他に、"闇夜"というスキルもある。
 これは、アイリーシャを中心とした一定距離の暗闇に紛れさせるというものだ。そちらは手を繋がなくてもいいのだが、まだ昼間なので、逆に目立つ。

(他の手段がなかっただけ……だから)

 自分でも、言い訳がましいと思う。

「エドアルト様は、何が見たかったんですか?」
「祭りそのものを――皆が、どのように楽しんでいるのか見たかったんだ。いつもは、馬車から見て終わりだから」

 そう言えば、王族は馬車で市中を見回りするだけであって、実際に街中に降りることはない。

「私も、十年ぶりなんですよ! 前回屋台を見逃したので……そこまででよかったらご案内します」
「よろしく頼む」

 つないだ手が、妙に温かく感じるのは気のせいだろうか。
 鼓動が、いつもより速く感じられるのも。

(……こんなことを、している場合じゃないのに)

 もうすぐ、魔神がこの世に姿を見せる。
 ――でも。
 今日、夕方までの数時間。そのくらいなら許されるだろうか。
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