深海特急オクトパス3000

.       ─永劫回帰の無限円環─

 


 

     狂っている


     狂っている


     狂っている




そしてふと我にかえり、
急いで近くにあったWC(トイレ)の扉を開き中に転げ込むと、
すぐに(じょう)をかけその場に座り込んでいた。



僕はひんやりした扉に背中をつけ思考停止した。




 どれくらいそうしてただろうか。




中は薄暗く時間だけが永く流れていた。




 ここはどこだ?


 何が起こっている?


 僕はもしかして、すでに死んでるのか?




答えの無い永劫(えいごう)深淵(しんえん)の中で、
疑念だけが壊れたようにループしていた。



その時、唐突(とうとつ)にどこからか声が聞こえた。




   ─あなたは誰?─




あまりに唐突(とうとつ)で空耳かと疑い辺りを見渡す。



便座の奥から再び声がした。



『ここよ』


そこには便座の影に隠れる(よう)に膝を抱え、
座り込んだ1人の少女がいた。



幽霊かと動転しひきつった顔を、
すぐに自制心でどうにか(おさ)え、
(さと)られないように取り(つくろ)う。



「君いつからそこに?」


『あなたより前から』


その答えにようやく先客がいたのだと気がつく。



「なにしてるの?」



彼女は不思議そうに僕を見つめ(つぶや)いた。



『オブザべーション』



ここがトイレだった事を思い出す。


配慮(デリカシー)のかけた質問を誤魔化(ごまか)(よう)に、
僕は再び彼女にたずねた。



「電気つけなくて怖くないの?」


『闇を恐れるのは恵まれた人間。
 闇の住人は光を恐れる。


 知ってる?
 タコには9つ脳があるのよ。
 それぞれの足に1つづつ。 心臓は3つ 』




その意味が解らず彼女を見つめる。



『隠れているの』


『オクトパスの目が唯一無い場所だから』



「オクトパス?」


『この深海特急の名前』



やっぱりここは深海なのか?


どうやら彼女もここに避難してきたらしい。



『君は何をしてるの?』


そう言った彼女の顔にはどこか見覚えがあった。


「多分、君と同じ」


「君、どこかであった?」


彼女は意外そうにしばし僕を見つめ(つぶや)いた。


『会ってない。初めて』


それでもじっと見つめる僕に、
彼女は小さく付け加えた。



『私はね』


その声にはどこか既視感(きしかん)があった。



 近くて遠い記憶。


その彼方でその声がリフレインしていた。




   ─私はね─


   ─私はね─


   ─私はね─




『もういいかな』


彼女は(あきら)めたように(くう)(なが)め、
塵芥(じんかい)の笑みをたたえそう(つぶや)いた。


インモラルな瞳の奥に、
それでも(ぬぐ)えない悲しみの色があった。



if(イフ)もし、明日世界が滅ぶとして、
 最後の日、あなたがもし、
 もし美女と1日過ごして終われるとしたら、
 どうする?

 美女と1日過ごして終わる?

 それとも最後まであがいて、
 出口の解らない迷路をさ迷う?』


そう言った彼女は、
自分自身にそう問いただしてるようだった。


僕は無意識に(つぶや)いていた。


「今日は去りました。
 明日はまだ来てません。
 だから進みましょう」


迷走する彼女の問いに、
自然とそんな言葉が口から()れていた。



『それは初めて聞く・・・

 それが、あなたの選択? 』


「いや、誰かがそんな事を言ってたと思って」



『誰の言葉?』


「わからない」


『わからないの?』


「僕には記憶が無いんだ。
 正確にはさっき、
 死体だらけの車両で目覚めてからの
 記憶しかない 」


jane Doe(ジェーン・ドウ)


彼女は小さくそう(つぶや)き続けた。


『 テ レ サ 』


「えっなに?」


『名前』


「えっ!? どういうこと?」


『あなたは自分の名前が分らないんでしょ。
 だからつけてあげた』


 ・・・


「ありがとう。

 でもテレサはね・・・  」


『嫌なの?』


「嫌と言うか、ぼく男だから・・・  」



そう言った僕の声は(せま)い室内に低くこもり、
響いていた。
 
 
 
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