耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
(れいちゃん、気付いてくれた?)

怜が立っている教壇から美寧が座る一番後ろの席までは、かなりの距離がある。
それなのに怜が自分に気付いてくれたことが嬉しくて、美寧は口角が持ち上がるのが抑えきれない。少し目尻の上がった大きな瞳がキラキラと輝く。

少しだけ怜に合図を送りたくなって胸の前まで手を持ち上げたその時、隣に座る神谷が美寧の方に体を少しだけ傾けた。

「藤波准教授の講義、すごい人気でしょ?」

美寧の耳もとに顔を寄せた神谷が囁く。
神谷に言われて、美寧は改めて講義室を見渡してみた。

広い講義室の席は、前列からほとんど埋まっている。大学の講義を見るのが初めてなのでこれが『人気』なのかどうかは分からないけれど、少なくともこれだけの人数の学生が怜の講義を取っていることには違いない。

美寧が小さく頷くと、神谷はそのまま続けた。

「生物系じゃダントツ人気なんだ。藤波先生の講義は丁寧で分かりやすいから。僕みたいに他学部から一般教養(パンキョー)で取りに来てるやつも結構いるんだ」

(そうなんだ……れいちゃん、すごい………)

怜が褒められるのが自分のことのように嬉しくて、美寧は微笑みながら神谷の言葉に何度も頷く。
けれど、次に彼が言った言葉にその動きを止めた。

「でもそれだけじゃなくて、女の子たちからの人気も絶大なんだよな」

(え?)

目を丸くした美寧は、パッと神谷の方を振り仰いだ。
大きな瞳に見つめられ、神谷はうっすらと頬を赤く染め、動揺を隠すように美寧から目を逸らしながら言った。

「ほら、あのルックスでしょ?しかも三十ちょっとで准教授で独身。そりゃ、女子学生だけじゃなくって、事務系のお姉さんたちも狙ってるって噂」

ピタリと動きを止めた美寧に気付くことなく神谷は続ける。

「羨ましいけどモテるのも分かるな。男の僕から見てもカッコいいし」

それだけ言うと、神谷は美寧に寄せていた体をもとの位置まで戻し、あとは講義に集中しはじめた。


(そっかぁ……そうだよね。れいちゃんはすごく素敵だもん……)

神谷に言われた言葉を反芻しながら、目と耳はじっと教壇に立つ怜に向ける。

もしかしたら最初で最後かもしれない。彼の働く姿を見るのは。
一秒たりともその姿を逃したくなくて、美寧は講義が終わるまでの残り数十分間、ずっと怜の姿を瞳に焼き付けるように目で追っていた。

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