耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
怜に嘘をついていた。本当のことを自分の口から伝えられなかった。
激しい後悔と申し訳なさが重たく体の中に溜まっていき、ギューっと胃を絞られるような痛みが襲う。この数か月は感じていなかった痛みに顔をしかめる。
ふと顔を上げると、仏壇の写真が目に入った。
(れいちゃんのお父さまお母さま……ごめんなさい………)
彼のことを守りたいと誓ったのに、本当のことを彼に告げられなかった自分は、きっと彼の隣に相応しくない。
このまま兄と家に帰る方が良いのかもしれない。
自分のことなど興味のない父には、家出を叱られることもないだろう。
そんな考えがじわじわと美寧の脳内を侵略していく。
黒いものに蝕まれるような感覚は美寧の胃を軋ませた。その痛みに呻いた時———
コンコン———
ノックされる音が聞こえた。
襖の向こうから「美寧ちゃん……?」と涼香の声がする。返事をしないでいると、「少しいいかしら?———入るわよ」と聞こえ、涼香が入ってきた。
美寧は畳から体を起こしたが、顔は上げることができない。
俯いたままの美寧の前にスッと差し出された白く長い指が、美寧の額に触れた。
「熱はなし、ね」
「………」
「リンパは———大丈夫」
何事も無かったかのように“いつもの診察”をする涼香。
「あのっ、」
「どこか痛むところや調子が悪いところは無いかしら?」
きっと自分の出自の話をされるのだと思った。
『あの【Tohma】の一族だったのね』———と。
しかしそのことには一切触れず、いつものように坦々と美寧を診る涼香に、美寧は瞳を揺らした。
「………胃が少し」
「胃ね———」
本当は少しではないくせに、ついなんとなくそう言ってしまった美寧。
涼香は微笑みながら、「触診しますね」と言って胃の辺りを触れてきた。
「そうね……胃炎のお薬と痛み止めを出しておくので、食後に飲んでください」
「涼香先生………」
「ん?どうしたの、美寧ちゃん?」
涼香が優しく細めた瞳で美寧の顔をのぞき込む。慈愛に満ちたその瞳に、美寧の目頭が一気に熱くなった。
そうだった。涼香は最初から美寧の本当の名字を知っていた。
けれど彼女はそれを友人の怜にすら言わなかった。誕生日は教えていたのに。
だから美寧はずっと、この女性医師のことを信頼し、慕っていたのだ。
「涼香先生……ありがとう…ございます……」
声を震わせながらそう言うと、涼香は美寧の頭を優しく撫でながら、茶目っ気のある微笑みを浮かべ、言った。
「『主治医は患者のことを一番に考えるものなのよ』———ね?」
それは、美寧がここに来て最初の頃に彼女が言った台詞。
涼香はそれからすぐに「胃痛があるうちは横になっていた方がいいわね」と言って、押し入れから出した布団を敷いてくれた。
そして美寧が横になる手伝いをすると、「少し眠った方がいいわ。また来るわね」と言って、部屋を出ていった。
激しい後悔と申し訳なさが重たく体の中に溜まっていき、ギューっと胃を絞られるような痛みが襲う。この数か月は感じていなかった痛みに顔をしかめる。
ふと顔を上げると、仏壇の写真が目に入った。
(れいちゃんのお父さまお母さま……ごめんなさい………)
彼のことを守りたいと誓ったのに、本当のことを彼に告げられなかった自分は、きっと彼の隣に相応しくない。
このまま兄と家に帰る方が良いのかもしれない。
自分のことなど興味のない父には、家出を叱られることもないだろう。
そんな考えがじわじわと美寧の脳内を侵略していく。
黒いものに蝕まれるような感覚は美寧の胃を軋ませた。その痛みに呻いた時———
コンコン———
ノックされる音が聞こえた。
襖の向こうから「美寧ちゃん……?」と涼香の声がする。返事をしないでいると、「少しいいかしら?———入るわよ」と聞こえ、涼香が入ってきた。
美寧は畳から体を起こしたが、顔は上げることができない。
俯いたままの美寧の前にスッと差し出された白く長い指が、美寧の額に触れた。
「熱はなし、ね」
「………」
「リンパは———大丈夫」
何事も無かったかのように“いつもの診察”をする涼香。
「あのっ、」
「どこか痛むところや調子が悪いところは無いかしら?」
きっと自分の出自の話をされるのだと思った。
『あの【Tohma】の一族だったのね』———と。
しかしそのことには一切触れず、いつものように坦々と美寧を診る涼香に、美寧は瞳を揺らした。
「………胃が少し」
「胃ね———」
本当は少しではないくせに、ついなんとなくそう言ってしまった美寧。
涼香は微笑みながら、「触診しますね」と言って胃の辺りを触れてきた。
「そうね……胃炎のお薬と痛み止めを出しておくので、食後に飲んでください」
「涼香先生………」
「ん?どうしたの、美寧ちゃん?」
涼香が優しく細めた瞳で美寧の顔をのぞき込む。慈愛に満ちたその瞳に、美寧の目頭が一気に熱くなった。
そうだった。涼香は最初から美寧の本当の名字を知っていた。
けれど彼女はそれを友人の怜にすら言わなかった。誕生日は教えていたのに。
だから美寧はずっと、この女性医師のことを信頼し、慕っていたのだ。
「涼香先生……ありがとう…ございます……」
声を震わせながらそう言うと、涼香は美寧の頭を優しく撫でながら、茶目っ気のある微笑みを浮かべ、言った。
「『主治医は患者のことを一番に考えるものなのよ』———ね?」
それは、美寧がここに来て最初の頃に彼女が言った台詞。
涼香はそれからすぐに「胃痛があるうちは横になっていた方がいいわね」と言って、押し入れから出した布団を敷いてくれた。
そして美寧が横になる手伝いをすると、「少し眠った方がいいわ。また来るわね」と言って、部屋を出ていった。