耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
***


「ユズキ、おまえ知ってたのか?」

「———なにを?」

藤波家からの帰り。ハンドルを握った高柳にそう訊かれ、涼香はわざとらしく訊き返す。それに高柳が「はぁ」と重い溜め息を返した。

「やっぱり知ってたんだな———あの子が……フジが大事にしている『美寧』が、Tohmaのお嬢さんだってこと……」

「………流石に私もそこまでは知らなかったわ」

溜め息と共にそう吐き出した涼香。運転席からルームミラー越しに高柳と目が合った。

「私が知ってたのは、彼女が名乗った『杵島(きじま)』が本当の名前ではないことだけよ」

「杵島……?美寧は『杵島』と名乗っていたのですか?」

それまで涼香と高柳の会話を黙って聞いていた聡臣が、助手席から後ろを振り返った。

「……ええ」

「『杵島』は亡くなった母の旧姓———祖父の名字なんです」

「ああ、それで……」

「妹は小さい時からずっと祖父の家で暮らしていたから、そう名乗ったのかもしれません」

「そうね……でも、もしかしたら本名を言って連れ戻されたくないという意識が働いたのかもしれないわよ?」

「連れ戻されたくない……」

「私が最初に彼女と話した時、彼女が問診票に書いた名字が保険証と違うことにすぐに気が付いたわ。そしてその保険証が【Tohma】のものであることも。『当麻』と『Tohma』……たまたまなのか、どうなのか……そのことは訊かなかったの。私を見た彼女が怯えたような顔をしたから」

「怯えた……?」

「ええ……よほどその場所に戻りたくないのだと思ったわ。だから私は気付いていない振りをした。……名字が何かなんて、患者の健康に比べたら取るに足らないことでしょ?」

「患者?健康?美寧は、妹はどこか悪いんですか!?」

一瞬にして青ざめた聡臣。
“完璧な御曹司”ではなく、“完全に兄”の顔をした彼に、涼香は言った。

「美寧ちゃんは、雨の日に公園で倒れていたの。それを見つけたフジ君が助けた。それで、私は医者として彼女を診る為に彼に呼ばれたのよ。でもその時の彼女……高熱よりも栄養失調状態の方が問題だった」

「栄養失調!?」

聡臣はありえない、という顔をした。
それもそうだろう。
食の豊なこの日本で、大企業の令嬢が『栄養失調』になるなんて———
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