耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
「ちゃんと全部食べられましたね」

そう言って頭を撫でられる。
以前なら『子ども扱いしないで』と怒っただろうが、今はそれが嬉しくてたまらない。
それはきっと、彼が自分のことを『子ども』だと思っていないと分かっているから———

「ご飯をちゃんと食べたご褒美です」

なんのことだろう、と小首を傾げると、「はい、口を開けて」と言われ、条件反射で口を開けると、「くくっ」と笑う怜の指先が美寧の唇の表面に触れた。

「まるで巣で親鳥を迎える雛のようだな」

「んなっ……」

口の中にコロンと入れられた何か小さなものを、舌で確かめるように転がしてみる。
デコボコとしていて甘い。

(こんぺいとう……?)

思い切って噛むと、カリッと音を立てて割れ、口の中に甘さと同時にふわりと香りが広がった。

「お花………?」

「はい。それは【violette(ヴィオレット) cristallisées(クリスタライゼ)】です」

「ヴィオレット……」

「スミレの花の砂糖漬けです」

「スミレかぁ~!甘いけどお花の香りもちゃんとするっ!すっごくおいしい!!」

キラキラと輝いた美寧の瞳。そのまだ赤く充血した目元を、指でそっとなぞった怜が微笑んだ。

「聡臣さんの……お兄さまのお土産です」

「お兄さまの………」

「はい。あちらで買って帰ったお土産(マカロン)は賞味期限内に渡せなかったので、今日のマカロンは日本で買い直したものだとおっしゃっていました。ですが、この【violette(ヴィオレット) cristallisées(クリスタライゼ)】はあちらで買われたものだそうです。あと、紅茶の茶葉もあなたへのお土産に、と」

「………」

「お兄さまも、あなたを無理やり連れ帰ろうと思ったわけではないようですね」

「え、?」

「そうでしょう?問答無用で連れ帰ろうと思っていたら、あなた宛て(・・・・・)のお土産を持ってくる必要はないのですから———お兄さまは妹の好みをちゃんとご存じですね。ヴィオレット クリスタライゼは金平糖に似ています」

「………」

「少し時間を置いたら、きっとお互いに素直になって話すことができると思いますよ」

「………そうかなぁ」

不安げに呟く美寧。なにせ記憶にある限り、兄と喧嘩をするのは初めてなのだ。
怜は微笑んで頷いた。

「大丈夫ですよ、きっと。ミネはお兄さまが大好きなのですよね?」

「うん……」

「彼も同じように妹のあなたを大事に想っていますよ。だから大丈夫」

「……ありがとう、れいちゃん」

泣き出しそうな笑顔で言った美寧の口の中には、春の香りが満ちていた。





【第十話 了】 第十一話につづく。
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