耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
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通話を終えた怜は、デスクチェアの背もたれに寄りかかった。
電話をかけて来たのは久野瀬淳一(くのせ じゅんいち)。怜がここの研究生だった頃の恩師だ。
彼は三年前にフランスの大学に移籍し、そこで研究を続けている。

その恩師に、一年ほど前から折に触れ『フランス(こちら)に来て、自分の研究を手伝ってくれないか』と誘いを受けていた。

怜はその度にその誘いをやんわりと断っていたせいで、久野瀬からの連絡も一時期はなかったのだが、ここ最近また彼からの連絡が増えて来た。
どうやら久野瀬は怜のことを自分の後継者にしたいらしい。

竹下が聞いた電話は、きっと一か月前に彼と話したときのことだろう。

准教授(せんせい)は……やっぱりあちらに行かれるつもりなんですか……』

竹下の問いに怜は答えた。

『今はまだ何とも言えません。でも、もし仮にそうすることがあったとしても、あなたを始め、この研究室を中途半端に放り出すつもりはありませんよ』

怜の答えに神妙な顔つきで頷いた竹下。彼が部屋から出ていってからすぐ、その元凶となる相手から電話がかかってきた、というわけだった。


手に持ったままのスマホに指を滑らせる。新しいメッセージは入っていない。
時刻を確認すると、十八時になろうかという頃だった。

(忙しくてメッセージを送るのを忘れているだけ……だろうか………)

美寧はスマホの扱い方に慣れて来た頃、怜にアルバイトから帰ったら一言連絡をくれるようになった。
きっと怜が美寧に『暗くなってから出歩くのは心配』だと言っていたからだろう。自分でも少し過保護かもしれないと思っている。

怜がそうするように催促したわけではないが、きっと美寧はそんな怜の心情を先回りして始めたのだろう。彼女は本当に人の気持ちに敏感だ。

ここ最近噂になっていた不審者は、聡臣が遣わした調査員だったのかもしれない。
そう思ったが、気を付けるに越したことはない。実際、ラプワールのマスターからも、『最近変な客が来ている』と報告を受けていた。

それを思い出しながらスマホをタップする。美寧に電話を掛けるが、なかなか出ない。

(キッチンか、風呂か………)

料理中は料理に集中するようにしないと色々とあぶないから、と美寧はキッチンにスマホを持ち込まない。濡らす恐れのあるバスルームにも。

時間帯的にもキッチンだろう。そう思うのに、なぜか胸が騒ぐ。
留守番電話になってしまった通話を切り、もう一度掛け直す。つながらない。
ちらりと腕時計に目を遣ると、もう実験室に行かなければならない時間が迫っていた。

(ひとまずメッセージを送っておこうか………)

きっとすぐに折り返しの電話かメッセージがくるだろう。
そう思うのに、胸の中でざわざわと音を立て不穏の波が広がっていく。

怜はデスクチェアから立ち上がった。


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