耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
「うわっ、」
「おっと、———すみません」

准教授室(へや)を出ようとしたところで、ドアを竹下にぶつけそうになった。彼もちょうどこちらを訪ねてきたところのようだ。

准教授(せんせい)、今朝の実験の続きなのですが、」

言いかけた竹下だったが、怜の姿を見て言葉を止める。
怜が来ているのは白衣ではなくスーツの上衣。コートを提げた腕には、鞄が脇に挟まれている。

「何かあったんですか?もしかして月松からの呼び出しでも………!?」

食いつくように訊いてきた竹下に、怜は首を振る。
すると、一瞬落胆の気配を見せた竹下だったが、すぐに「じゃあ他に何か大事な用でも………」と訊いてきた。

竹下がそう思わず訊いてしまったのには訳がある。

これから大事な実験が入っている。その時間が迫っていたので准教授を呼びに来た。それなのに、彼の姿は白衣ではない。手にはコートを持っているから「少し用事が」と短い間席を外すふうでもない。

竹下が知る中で、藤波准教授が実験を投げ出して帰ったことは一度もなかった。
それなのに、このタイミングで准教授室を留守にすることがあるとしたら、よっぼど何か大変なことがあったのだと思わざるを得ない。

藤波准教授の様子を伺うように見つめていた竹下だったが、ふと視界の端にキラリと光る何かが目に入った。

「あれ、准教授(せんせい)、何か落とされましたか?」

竹下の視線の先を追うように怜も視線を床に落とす。目に入ったものに目を見張った。

細い金色のチェーンの先に八つの花びら。隣の小さな緑の宝石。
それは確かに、自分が愛する恋人に贈ったものと同じ物。

腰を屈めそれを拾い上げた瞬間。

———れいちゃんっ———

耳の奥で美寧の声がした。

「ミネ………」

顔を上げ周りを見回す。が、その姿はどこにもない。

「藤波准教授(せんせい)……?」

何かを探すように周りを見る怜を、怪訝そうに竹下が伺う。

「竹下君、すみません。急用が出来たので後を任せても構いませんか?」

言葉はいつもと同じで冷静に見えるが、その顔には焦りが浮かんでいる。
滅多に見ることのない准教授の表情に、竹下はなにかがあったのだとすぐに気付く。

「はい。大丈夫です。何があったかは分かりませんが、あとのことは俺に任せてください。」

「ありがとうございます」

怜はその場を駆け出した。



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