耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
[1]


エンジン音と時折入ってくる無線の音が聞こえる。
運転中のドライバーと会話をすることもなく、車窓の外を眺めることもなく、美寧はただ固く瞳を閉じていた。

タクシードライバーとは二言(ふたこと)三言(みこと)会話を交わしたが、すぐに車内は静かになった。口数の少ない美寧に合わせたのかもしれない。


数分前。美寧は大学の前に停車していたタクシーに飛び乗った。
美寧が行き先の住所を告げると、ドライバーが一瞬固まった。

『お客さん……そこはかなり遠いですので、行きだけでなく帰りの高速料金もかかりますが……』

暗に『そんな金を持っているのか』と問いたいドライバーに、美寧はカバンの中から一枚のカードを取り出して見せた。

『これでお支払い、出来ますか……?』

美寧が指し出した黒いカードを見たドライバーは、一瞬沈黙した後『分かりました』と、車を発進させた。


服の袖で何度もぬぐった唇がヒリヒリと痛む。
対向車のライトに照らされて、袖口がきらりと一瞬光った。ピンク色のそれは、少し前に塗ったリップ。美寧はきつく唇を噛んだ。

痛いくらいでいい。痛い方がいい。唇に残る感触を、少しでも薄められるのなら。


何をされたのか一瞬分からなかった。
大きく見開いた瞳の中に、颯介の顔が大きく映り込んで———

ハッと息を飲んだら、彼の吐息が一緒に入り込んできて全身に鳥肌が立った。そして、自分は今、颯介にキスをされているのだと認識した。

足が震えた。けれど、めいっぱい抵抗した。
片手は掴まれたままだったけれど、自由になった方の手で彼の体を押し返した。美寧が抵抗すればするほど、颯介の腕にも力を込められる。唇は塞がれたまま。

(いやだっ……れいちゃんっ———!!)

声にならない叫び声を上げながら、美寧は力いっぱい颯介の唇に噛みついた。

思いがけない痛み襲われた颯介から一瞬力がゆるむ。美寧は両手にあらん限りの力を振り絞って、颯介を突き放した。そして、その場を駆け出した。


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