耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
***


沈んだり浮かんだり、眠りと覚醒を行ったり来たりしているうちに、タクシーが停車する気配がして、「お客さん、ここでお間違いないですか?」と言われた。
窓の外を見てから頷き、カードで支払いを済ませると、タクシーから降りる。父から渡されていたカードを使ったのは、これが初めてだった。


真っ暗な中にそびえ立つ鉄柵の門扉。軽く美寧の背の倍はありそうなそれを、美寧はじっと見上げていた。背中では美寧を降ろしたタクシーが去って行く。

幼い時から見慣れているそれに、そっと触れてみる。キンと冷えて氷のように冷たい。
それもそうだろう。真っ暗な空からはふわふわと白いものが降りてくるのだから。

藤波家や父の家がある場所よりずっと山間部にあるここは、気温も低い。きっと天気予報通りに今夜は雪が積もるだろう。

美寧はこの痛いくらいに冷えた冬の夜の空気に懐かしさを覚えた。
こんな寒い夜は、ストーブに薪を入れ、ソファーで祖父と話をした。あのストーブはまだ動くのだろうか。

鉄柵越しに祖父の家を見つめる。主を失った建物は、真っ暗なまま。シンと静まり返って人の気配はない。

「おじいさま………」

呟いた美寧の口から出た白い息が、闇の中に滲んで消えていく。

門扉の横には【杵島】と書かれた表札。冷たい空気でじんじんと痺れ始めた指先で、それにそっと触れた。

その途端、「ガシャン」と門扉から施錠が外れたような音がした。恐る恐る鉄柵も門扉を押してみる。すると、「キィ」と音を立てて開いた。

開いた門の中から入る。誰も住んでいな屋敷に入るのに、まったく後ろめたさも躊躇いもない。あるのは、やっと(・・・)自分の家に帰ってきた、という安堵と懐かしさだけ。

鉄門からの長いアプローチを進み玄関扉の前に立つ。重たい扉に手を掛けると、なんなく開いた。
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