耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
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夜の庭を歩く。真っ暗な空からは白いものが絶えず舞い降りている。

外は寒かったが、歌寿子が風呂上りに出してくれたガウンはとても温かく、念のためその上から部屋にあったストールも巻いて来た。ほんの数分ならこれで十分だろう。

春から初夏にかけて、この庭の主役になる薔薇のアーチは、今は枝だけ。クリスマスローズもまだ蕾だ。初冬の庭は見るからに寒々しい。

けれどそこに雪が積もると美しくなる。
青青しい夏の庭だけでなく、真っ白な雪に飾られた冬の庭も美寧は大好きだった。

広い庭の片隅に立っている美寧は、手のひらを上に向けて差し出した。ふわりと舞い降りた雪はすぐに溶けてしまう。

降ってくる雪を目で追いかけた先にあるのは、腰の高さほどの木。そこには、こんもりとした青紫の花はなく、雨粒を弾く青々とした葉もない。ただ、すべての葉を落としきって剥き出しになった枝を粉雪がすり抜けていくだけ。

(明日の朝には積もってるのかな………)

山紫陽花の木に舞い降りる雪を見つめながら、美寧はぼんやりと考える。

本当ならこんなところに立っていたらまた冷えてしまう。そしたらまた歌寿子に叱られてしまうだろう。頭では分かっているのに、美寧の足はそこから動いてくれない。
山紫陽花を見おろしながら想うのはただ一人。

(れいちゃん………ごめんね…………)

心の中でずっと彼に謝っている。本当なら直接謝らなければいけない。
けれど、どの面を下げて会えばいいというのだろう。

怜から研究を奪ったのは、ほかならぬ美寧の父親。美寧を拾ってくれた怜には、何の落ち度もない。それなのに、そんな彼に取り返しのつかない迷惑をかけてしまった。

それだけでなく、美寧は怜との約束も破ってしまった。

『キスをするのはこれからずっと俺とだけ』

そう約束したのに、怜以外の人と唇を合わせてしまった。
他の人とのくちづけなんて、知りたくもなかったのに———

なんと言って謝れば良いのだろう。
いや、謝って済む問題ではない。謝ることすら許されないのかもしれない。何の解決にもならない謝罪は、相手に“(ゆる)し”を強請(ねだ)ることと同じ。

美寧は『ごめんなさい』と口にする時、彼が『もういいですよ』と許してくれることを心のどこかで期待してしまうかもしれない。

そうなってしまったら、それはもう“謝罪”ではなく、ただの“自己満足”。
そんなことをするくらいなら、いっそ彼に謝らない方がいい。

こうして心の中でずっと彼に詫び続けて、もう二度と会えない罰を受けるのだ。

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