耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
[1]


「どうしよう………」

自分の口から零れ落ちた声が耳から入り、美寧の不安を余計に煽る。
立ち止まったまま周囲をぐるりと見回す彼女は、肩から掛けられたトートバッグの紐を両手でぎゅっと握りしめた。

両側は銀杏並木。足元は石畳。
銀杏の樹を挟んだ向こう側には、大きな窓ガラスの近代的な建物が見える。その向こう側には、三角のとんがり屋根が乗ったレトロな煉瓦造り壁に、可愛らしい丸い窓が覗いている。


十月半ば。
厳しかった残暑が過ぎ、やっと秋らしくなってきたものの、未だ昼間の陽射しには夏の名残を感じるきつさがある。

美寧は被っている帽子のツバを引っ張って目深に直すと、上げていた顔を戻し左右をキョロキョロと見まわしてから、後ろを振り返った。

少し離れた場所に芝生の広場が見える。ついさっきまでバトミントンをしていた若者たちの姿も、ベンチに座って話をしていた女の子たちの姿も、今はもう見えない。
彼らの側を通ってきた時は、まさかここがこんなに広いとは思わなかったのだ。


(どうしよう……誰かに聞いてみた方がいいのかな……?)

広場には人影はあったけれど、建物のすぐ傍のここには誰も通りかからない。しんと静まり返った空気が、かえって美寧の不安を煽ってくる。
人影がないのは、ちょうど少し前から講義が始まったせいなのだが、それは美寧には分からない。


大学名がドドンと大きく掘られた石碑を見ながら、構内に足を踏み入れたところまでは良かった。
到着した駅からは迷いようがないほどの一本道。流石、大学名を有した駅だけのことはある。

(どうしよう……れいちゃんのところまでどうやって行けばいいの?)

左肩のトートバッグからはスケッチブックが顔を出している。大きめのそのバッグの中に更に入っているものを思い返して、美寧は本格的に途方に暮れ始めた。


あの時は、まさか自分がこんなことになるとは思わなかった。





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