耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー

公園に入った途端、甘い香りが鼻をくすぐる。金木犀の香りだ。美寧はこの時期だけのこの香りが大好きだ。

怜の家からほど近いこの公園。ここは美寧が怜と出会った場所だ。

あれはまだ、梅雨が始まった頃だった―――


幼い頃から一緒に暮らしていた最愛の祖父を失った悲しみと、生家に戻ってからの父との確執。誰とも笑い合えない孤独。

それらすべてが一年かけてじわじわと美寧の心と体を侵食し、彼女から食欲を奪っていった。そして心と体が悲鳴を上げる寸前、父の家から反射的に飛び出した。
見も知らぬ婚約者との顔合わせの前日だった。

そして雨に打たれて熱を出し公園(ここ)の紫陽花の茂みで倒れていた美寧は、たまたま通りかかった私立大学の准教授、藤波怜(ふじなみれい)に拾われた。

そしてそのまま今日までずっと彼の家でお世話になっている。


あの日の出逢いから四か月。
あの時、雨の公園に彩りを添えていた紫陽花がないのは寂しいけれど、今度は秋の訪れを告げる香りに心が躍る。
湿度の低い爽やかな風が、美寧の腰まで伸びた髪をふわふわと揺らした。


風に乗ってやってくる甘い香りを吸い込んで、うろこ雲の広がった青空を見上げた美寧は、公園の遊歩道を軽快な足取りで進んで行った。


(今日は何を描こうかなぁ……。金木犀はれいちゃんのお庭のを()いたし、コスモスはこの前描いたでしょ……)

考えながら遊具のある遊園エリアを通りかかる。女の子が漕いでいるブランコが一定のリズムを奏でている。
ボール遊びをする親子。犬を連れた散歩の男性。ベンチに座って話に花を咲かせるご婦人方。
気候も良く天気も良いことから、皆それぞれに秋の爽やかな青空を楽しんでいるようだ。

子どものはしゃぐ声に顔を上げた美寧の目に、植え替えられたばかりの花壇が入ってきた。

「きれい!」

美寧が駆け寄った花壇で咲くのは、濃い紫と白のコントラストが特徴のビオラと、黄色のパンジー。
美寧は可愛らしく並んだそれを、今日のターゲットに定めた。

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