偽りの花婿は花嫁に真の愛を誓う
私の手を掴んだまま、彼はエレベーターに乗った。
彼はなにも言わないから、私も無言で階数表示を眺める。
私が訊かれたことにちゃんと答えないから怒っている。
でも、答えたところできっと怒らせる。
なら、どうしろと?

エレベーターを降り、黙ったまま半ば私を引きずるように足早に歩く。
レジデンスに帰ってきて寝室へ行き、ベッドへ私を放り投げた。

「李亜は俺のものだ」

私にのしかかった彼が、しゅるりとネクタイを緩める。

「李亜は俺のものだ。
この、俺の!」

彼の手が、私の頬を掴み潰す。
レンズの向こうから嫉妬の炎で燃えさかる、石炭のような瞳が私を見ていた。
そこでようやく、彼が怒っている理由に気がついた。

「私は別に、夏原社長にそんな感情は持っていません。
それに夏原社長だって最愛の奥様が」

憧れは過去のもの、いまは人としての尊敬はあるがそれだけだ。
それに彼の、奥様の溺愛ぶりは社内外で有名だったし、今日だって。
< 134 / 182 >

この作品をシェア

pagetop