オフィスラブはじまってました




 出立のとき、
「きちんとご挨拶するのよ」
「ご家族のみなさんによろしくね」
と比呂子と逸子が言い、柚月の父が、

「まあ、緊張せずに頑張りなさい」
と言って、見送ってくれた。

 柚月の家の近くのケーキ屋でケーキを受け取り、出発したひとなは呟く。

「……こんなにお土産いただいてしまってよかったんでしょうか。
 私が柚月さんにノートをとりにいくのに乗せてってもらうのに。

 私の方が柚月さんちになにか用意しなければならなかったのでは」

「……いやまあ、誤解を解くのも面倒臭いから」
と柚月はそんなよくわからないことを言ったあとで、

「後ろで寝ててもいいんだぞ」
と助手席のひなとに言ってくる。

「いえいえ。
 そんな滅相(めっそう)もない」
とひなとは断った。

 柚月さんに運転させて、自分は寝てるとか……と思いながら、なんとなく、誰も乗っていないファントムの後部座席を見る。

「いやあ、車とはいえ、これだけ広いと、背後になにかいそうですよね」

 言ってて自分で怖くなり、何度も振り返ってしまう。

 見知らぬ紳士が後ろに座り、グラスを傾けていそうな気がしたからだ。
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