オフィスラブはじまってました
 

  
 その日、ひなとは一人、月を見上げて住宅街の道を歩いていた。

 月の位置がビックリするくらい低く、大きくて幻想的だった。

 明るいので、道がよく見渡せるが、散歩の人もいなくて静かで音がない。

 柚月はまだ残業しているようだったので、久しぶりに同期のみんなとご飯を食べに行った帰りだった。

 そんな不思議な静寂の中、
「お疲れ」
といきなり背後から誰かが声をかけてきた。

 振り返ると、自転車を押した緒方が、ひなとに追いつこうとやってくるところだった。

「お疲れ様です。
 なんで自転車乗ってないんですか?」

 そう笑って、ひなとが訊くと、

「いやいや。
 この間みたいに脅かそうかと思ったんだが。

 月を見上げて帰る後ろ姿があんまり可愛かったんで。

 脅かそうとして、ぽん、とか肩を叩いた弾みに、うっかりそのまま抱きしめたりしたら、まずいだろうなと思って、やめてみた」
と何処まで本当かわからないことを緒方は言う。
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