蒼き臨界のストルジア
 
それまで無秩序(むちつじょ)に回っていた背びれが仲良く整列(せいれつ)し、
僕達の前で止まった。


次の瞬間(しゅんかん)
波しぶきと共に二頭のイルカがその姿(すがた)を表した。


ポッドに身を乗り上げ日向ぼっこするように
体を(あず)けるかわいい二頭のイルカ。


ピンクと青のつがいの二頭のイルカだった。


「何かしたの?」


僕が少女にたずねると、
少女は首を(かし)げ笛を差し出し(つぶや)いた。


『アクメホイッスル』

これを()いたと言いたいのだろうか?


「でも何も聞こえなかったよ?」


少女はもう一度その笛を口にくわえると
吹く素振(そぶ)りをしながら僕の顔を見つめた。

そして不思議そうに僕を見つめ再びたずねた。


『聞こえない?』


「うん。
 何も聞こえないかな?」


『そう。残念(ざんねん)


 残念?

何が残念なのだろうか?


(ふたた)び僕は彼女にたずねる。


「どう言う事なのか、
 お兄ちゃんに教えてくれない?」


彼女は不思議(ふしぎ)そうに僕を見つめ(ささや)いた。


『お兄ちゃん違う。
 おじいちゃん 』


おじいちゃんって・・・


(たし)かに彼女よりは少しだけ年上だけど、
おじいちゃんって呼ばれる(ほど)(はな)れていない。


 多分(たぶん)・・・


「僕はおじいちゃんじゃないよ、
 ()兄《・》()()()だよ!」


『高い音は歳をとると聞こえなくなる』


彼女はポツリとそう(つぶや)き再び笛を見つめる。


「君にはその笛の音が聞こえてるの?」


『うん』


コクリと(うなづ)き彼女は再び笛を吹き
僕を見つめた。


僕を見つめる彼女の目は、
どこまでも透明で深く吸い込まれそうだ。


「やっぱり聞こえないかな」


童話の中から抜け出して来た少女は
僕を見つめたままつぶやいた。


『おじいちゃん』


大迷子(オオマイゴー)!?


そうか、そうなのか・・・


僕はおじいちゃんなのか!?


 間違っている・・・

世の中すべて間違っている・・・


一人苦悶(くもん)する僕にとどめとばかりに
繰り返す少女。


『おじいちゃん』

子供のころ憧れた童話の中のお姫様は、
どこまでも透明で純真で着飾(きかざ)らない。


 ・・・


何か違う・・・


なぜ人類は(はる)か昔より物語を必要としたのか。


それは現実があまりに残酷(ざんこく)だからだ・・・

< 9 / 19 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop