年下ピアニストの蜜愛エチュード
 いったい何が起きたのだろう? まるで何かのスイッチが入ったように、アンジェロの態度が変わったのだ。

「順くんのカボチャのお面、すごくいいね。僕もゴーストよりそっちがよかったな」

「じゃ、ジャンケンする? 勝ったら交換してあげる」

「いや、僕は大人だからね。これでがまんするよ」

「大人はお面しないよ!」

「でも似合ってるだろ?」

 お面を被って順とじゃれ合うアンジェロは年相応に、いや、正直かなり子どもっぽく見える。二人は二十近く年が違うのに。

 だが長い待ち時間に順が退屈せずにいられたのは、彼のおかげだった。また千晶とはほとんど言葉を交わさないが、ときどき優しい笑顔を向けてくれる。

 他愛ないおしゃべりと笑い声、柔らかな日差しとさわやかな秋の風。

 アンジェロは本当に楽しそうだった。その様子があまりに自然なので、千晶まで家族と一緒にいるような安心感を覚えてしまう。たとえば休日には、いつも三人でこんなふうに過ごしているような――。

 ふわふわした心地よさにうっかり浸りそうになり、千晶は慌ててかぶりを振った。

(いやいやいや、違うから!)

 アンジェロ・潤・デルツィーノは家族どころか友だちでもなければ、知人でさえない。

 確かに憧れの人ではあったが、縁もゆかりもなく、たまたま仕事で関わっただけの他人だ。今はアイスクリームショップの列に一緒に並んでいるとはいえ、本来の彼は舞台の上できらめくようなメロディーを奏でる、少し気まぐれな芸術家なのだ。

 あと数分もすれば、お目当ての『ジェラテリア・チャオチャオ』に入れそうだ。アンジェロはベリーヒルズのレジデンスに住むと話していたけれど、今後は会うこともないだろう。

(どうかしてるわ、私)

 千晶が気を取り直そうとして唇を引き結んだ時、アンジェロの声が聞こえてきた。
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