年下ピアニストの蜜愛エチュード
「そうか。順はリモーネのジェラートが好きなんだね。僕もだよ」

「違うよ。レモンだってば」

 イタリア式の名称に、順は声を上げて笑う。気がつけばアンジェロも彼を呼び捨てにしていて、二人はすっかり打ち解けた様子だった。

「順のマンマはどのジェラートが好きなの?」

「えっ?」

 驚いたように目を見開く順を見て、アンジェロは千晶に視線を投げてみせた。

「やっぱりリモーネかな?」

「違うよ。ちあちゃんはママじゃないもん」

「マンマじゃ……ないの?」

 アンジェロは怪訝そうに順と千晶を見比べている。予想外の答えにとまどっているようだ。

「あの、そのことですけど――」

 順と暮らしているいきさつはひとことで済むようなものではない。それでも千晶がなんとか説明しようとした時、「ボンジョルノ」と陽気な挨拶が聞こえた。

「お待たせしました。ジェラテリア・チャオチャオへようこそ……って、何だよ。アンジェロじゃないか」

 にこやかに声をかけてきたのは、感じのいい長身の青年だった。すっきりした顔立ちで、短く刈り上げたヘアスタイルがよく似合っている。千晶が手にしているチケットにも同じ笑顔が印刷されているから、どうやらこの店のオーナーらしかった。

 いつの間にか三人は列の一番前に来ていたのだ。

「チャオ、啓一。開店おめでとう」

「水くさいぞ、アンジェロ。開店祝いのでっかい花ももらったし、律義に並ばなくてよかったのに。とにかく入れよ。あ、お客様もお入りください。さあさあ、どうぞ」

「あ、は、はい」

「当店のジェラートは本場イタリア仕込みです。どれもおすすめばかりですが、迷われるでしょうからご説明いたしますね」

 アンジェロと親しいらしいオーナーに促され、千晶たちはそのまま押し込まれるように店内へ入ったのだった。
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