年下ピアニストの蜜愛エチュード
 ところが状況はますます複雑になっていった。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう? 今日は順と一緒にアイスクリームを食べに来ただけなのに……今は、試着室でワンピースに着替えている。

 千晶は混乱しきっていた。

「お客様、いかがでございますか?」

「あ、はい。ちょっと待ってください」

 店のスタッフに声をかけられ、千晶は慌てて襟元の細いボウタイを結ぶ。

 きれいなオレンジのワンピースは花柄のレース地で、羽のように軽かった。

(すごく……すてき)

 ベリーヒルズのショッピングモールにはハイブランドも多数入っているが、この店で扱われているアイテムは品質もデザインも特にすばらしいものばかりだ。もっとも値段もけた違いで、ふだんの千晶なら絶対買わない、というか買えない。

 それなのにここへ来たのは、どう見ても今日の服装がパーティー向きとは言えなかったからだ。

 たっぷりしたスウェットとダメージデニム、大きなバックパックとスリッポンのスニーカー――順と遊ぶ時の定番スタイルだった。

 千晶は家に戻って着替えるつもりだったが、アンジェロがそれを止めた。急なパーティーに誘ったのは自分だし、健診センターで迷惑をかけたから洋服をプレゼントしたいと、どうしても譲らなかったのだ。

 先日の態度を心から反省しているようだし、ショッピングにつき合うことが彼との和解のきっかけになるならと思って頷いたのだが――。

(……高過ぎでしょ!)

 怖くて値札を見ることもできないのに、アンジェロはワンピースに似合う靴やバッグまで持ってきた。

 シルクの華奢なハイヒールと、パールを散りばめたかわいらしいクラッチバッグ――気恥ずかしくなるくらいフェミニンなデザインだが、どちらもとても美しい。

 困惑しながらも試着する気になったのは、アンジェロが「君に似合はずだ」と言い切ったからだ。

 ――着てみて。絶対似合うから。
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