年下ピアニストの蜜愛エチュード
 その数十分後、二人はショッピングモールの一階にある和風カフェに入った。

 夜のパーティーまで時間があるため何か食べようということになり、千晶がここを選んだ。来日して間もない相手のために、日本らしさを感じられる店にしたのだ。幸い啓一の妻が順を預かってくれているので、急いで戻る必要はなかった。

 アイボリーを基調とした店内は明るく、大きなガラス窓の向こうには青々とした竹垣と苔庭が見える。京都の老舗和菓子店が出店しているこのカフェは、都会の一角であることを忘れてしまいそうな空間だった。

 アンジェロがワンピースの代金をどうしても受け取ってくれないので、ミニ懐石ランチの支払いは千晶がすることになった。もちろん店で一番高いものを頼んだところで、たかが知れているけれど。

(それにしても……あれ、いったい何だったの?)

 アンジェロは和風の造作が珍しいのか、茶碗蒸しを食べながら、時おり辺りを見回している。千晶にキスしたことなど忘れてしまったかのように。

 瞬間的とはいえ、さっきは確かに二人の唇が触れ合った。だが彼にすればあんなことは日常茶飯事で、こだわっているのは千晶だけなのだろうか?

 きれいなラインを描く薄めの唇――ついついアンジェロの口元を見てしまい、千晶は慌てて目を伏せる。気のせいか鼓動まで速くなってきたようだ。

(やだ、もう)

 思いあまって一度席を立とうとした時、「三嶋さん」と呼びかけられた。

「えっ? あ、はい」

 動揺を隠せないまま、なんとか返事をすると、アンジェロはぎこちなく口角を上げた。

「どうもありがとうございます、こうして僕につき合ってくれて」

「いえ、あの――」

「それに改めて先日のお詫びをさせてください。あの時の僕は、とても失礼な態度だった」

「もう気になさらないでください。お詫びの品もいただきましたし、謝罪は十分していただきました」

「でも三嶋さん……なんだかそわそわしていますよね。ごはんも食べないし」
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