年下ピアニストの蜜愛エチュード
 アンジェロはどこかが痛むように眉を寄せた。

「パーティー、やっぱりご迷惑でしたか?」

「とんでもない!」

 意識する前に身体が動いていた。思わず立ち上がってしまい、周囲の視線を集めてていることに気づいて、千晶は頬を染めて腰を下ろす。

 客の中にはアンジェロが何者なのか知っている者もいるだろう。そうでなくても彼の容姿は人目を引くのだ。

(落ち着かなきゃ)

 千晶はかぶりを振って、アンジェロの目を見つめた。

 どうしてこんなことになったのかよくわからないが、とにかく自分はずっとあこがれていた人と一緒にいる。それなのに今の彼は、泣きべそをかく一歩手前の順みたいに頼りなく見えた。

 本当なら手が届かない、空の彼方にいるも同然のアンジェロにこんな顔をさせてはいけない。千晶の心にあるのはそれだけだった。

「迷惑だなんて思っていません。ただパーティーにはあまり出席する機会がないから、少し落ち着かなくて」

「……本当ですか?」

「ええ」

 瞬間、まるで霧が晴れるようにアンジェロの表情が明るくなった。そんなところまで順に似ていて、千晶は目を見開く。

「実は僕もパーティーは得意じゃないんです。今夜は啓一さんとこのオープニングパーティーだから、しかたなく行くけど、知らない人と話すのも苦手だし……ったく、子どもですよね」

 アンジェロは肩をすくめて、ため息をついた。

「パトリッツィオとジェンマにも、あ、僕の兄と姉ですけど、よく叱られました。ピアノばかり弾いていないで、いい加減ちゃんと成長しろって。だからイタリアを離れて、日本でひとり暮らしをすることにしたんです」

 自分はまだ大人になりきれていないのだと、アンジェロは苦笑した。

 きっとそれほどまでにすべてをピアノに捧げてきたのだろう。気難しいというより、アンジェロは他人と接することに慣れていないのだ。

 出会って以来いろいろ振り回されているが、千晶は少しだけ彼のことがわかった気がした。
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