年下ピアニストの蜜愛エチュード
 ツァーの間、彼からの手紙やメッセージは何度となく届いた。一方の千晶は母の介護のために仕事を辞めることを伝え、それを理由に返事もあまり書かなかった。

 しかし今日、アンジェロは両親の元気な姿を目にしている。もう二人のことを別れの言いわけにするわけにはいかなかった。

「千晶は……僕が嫌いになったの?」

 運ばれてきたエスプレッソが冷たくなりかけたころ、アンジェロが目を伏せたまま言った。

「だから別れたいの?」

 まるで五歳の順がするような、あまりにまっすぐな質問で、千晶は思わずたじろいだ。

 彼の来訪も、交わされる会話もある程度予想していたはずなのに、まともな答えが返せない。

「僕のだめなところを教えてほしい。必ず直してみせるから」

「い、いえ、私は……」

「僕を嫌いになったんじゃないの?」

 アンジェロは顔を上げると、千晶を見据えて、強くかぶりを振った。

「それなら僕は千晶のそばにいたい」

「アンジェロ!」

「嫌われていないのなら、何度でもここへ君を迎えに来る。もちろん順も」

 アンジェロが立ち上がって、右手を差し出してきた。

「一緒にベリーヒルズに帰ろう、千晶」

 数か月前にはいつもつないでいた、あたたかくなつかしい手――しかし今の千晶には、それを握り返す勇気がない。

「無理です」

「どうして無理なの?」

「だって――」
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