年下ピアニストの蜜愛エチュード
 アンジェロがツァーで各地を回っている間、千晶はネットでその様子をチェックしていた。

 簡単な英語以外はよくわからなかったが、彼のリサイタルや有名オーケストラと共演したコンサートは、みな絶賛されているようだった。SNSでもたくさん取り上げられていたし、多くの写真も載せられていた。それも一緒にいるのはよく知られた俳優やモデルなどで、中には各国の王室関係者もいた。

 そんな情報を目にするたびに、二人の立ち位置の差を嫌というほど思い知らされたのだ。

 ――でも恋愛と結婚は違うわ、三嶋さん。アンジェロが相手なら、なおのことよ。

 西村は正しかった。彼の隣にいるべきなのは、年上で、順を育てる平凡な自分ではない。

「私と……アンジェロは住む世界が違うの。だから一緒に暮らすなんて無理よ」

「住む世界って何? どういう意味?」

 どこまでもひたむきな視線を受け止められず、千晶は俯いた。

 ずっと気持ちを整理しようとしていて、少しずつ成功しているつもりだった。けれどもこうしてアンジェロの前にいると、心が波立って、どうすることもできない。

(私は、今もアンジェロが好き)

 本当はすぐにでも差し出された手を取りたかったが、千晶はかぶりを振って顔を上げた。

「どうして……私なの? あなたなら、もっとお似合いの相手が見つかるはずよ」

 責めるような口調になってしまったのに、アンジェロは柔らかく微笑んだ。

「それは……うまく言えないけれど、君を守ってくれる人がいない気がしたからなんだ。千晶はちゃんと順を守ってあげているのに」

「守る?」

「僕がその役目を引き受ける。千晶には、いつも心から笑っていてほしいから」

 真摯な声に嘘がないことも、アンジェロが自分を想ってくれていることもはっきり伝わった。

 しかしだからこそ千晶は最後まで彼を拒み続けたのだった。
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