年下ピアニストの蜜愛エチュード
 クルクルと渦を巻くアッシュブラウンのショートヘア、少し緑がかった紅茶色の瞳。彫りが深くて端整な、けれどもどこかあどけない顔立ちに、「天使」という意味の名前はいかにもふさわしかった。

 検査着姿だったが、長身で引き締まった体躯は、芸術家というよりアスリートのように見える。

 目前の相手はまぎれもなくCDのジャケットで見慣れた青年で、千晶は思わず息を呑んだ。

(本物のアンジェロだ。それに……すごい美形!)

 アンジェロ・潤・デルツィーノは若干二十三歳にして、最もチケットの取りにくいピアニストのひとりとして知られていた。

 イタリア貴族の血を引く指揮者の父と、ソプラノ歌手である日本人の母との間に生まれ、十代のうちからいくつもの国際コンクールで優勝している。有名オーケストラとの共演も多く、CDも何枚も出していた。

 しかもモデルばりの美貌で、クラシックに興味がない層にも人気がある。

 そのせいか職員教育が徹底されているにもかかわらず、今日ばかりはナースステーションが少しざわついていた。

 とはいえ、いくら千晶が熱烈な、それこそCDを全部持っているくらい大ファンであっても、今の彼は健診センターを訪れたひとりの受診者だ。サインはもちろん、握手をねだることもできない。

「おはようございます、デルツィーノさん」

 千晶はひとつ息を吸って、笑顔で話しかけた。

 ファンなら誰もが知っていることだが、母親が日本人なので、アンジェロは日本語が堪能だ。

「ボンジョルノ。えっと……三嶋さん? 今日はよろしくお願いします」

 千晶のネームカードに目をやり、アンジェロが微笑む。

 初めて耳にする声は予想より低かったが、青年らしく張りがあった。
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