年下ピアニストの蜜愛エチュード
(笑った!)

 彼については、もうひとつ有名な話がある。人見知りで気難しいので、ほとんど笑わないというものだ。

 ところが実際の彼は、少し恥ずかしそうではあるものの笑顔を見せている。

(……よかった)

 千晶は胸を撫で下ろし、「こちらこそ」と頭を下げた。

 健康診断は楽しいものではないし、緊張して血圧が高くなったりする場合もある。神経質そうなアンジェロには、できるだけリラックスしてほしいと思ったのだ。

「では、本日の流れをご説明いたします。どうぞこちらへ」

 千晶はアンジェロを問診室に案内し、テーブルを挟んで、向かい合って座った。

 問診室といっても、ゆったりしたソファや観葉植物が置かれていて、おしゃれなモデルルームを思わせる。

 改めて名前と生年月日を確認し、雑談をまじえながら問診を始めようとした。

「デルツィーノさんは――」

「ああ、アンジェロと呼んでください。僕の名字は言いにくいでしょ?」

「ではアンジェロさん、まずは当院の健診センターをお選びいただき、お礼を申し上げます」

「ええ、母から薦められたんです。ここは優秀なスタッフが多いからって。僕のマネージャーも同じ意見でした」

 人見知りと聞いていたのに、アンジェロは機嫌よく話し続ける。千晶とは五歳も違うのに、落ち着いていて年下という感じはまったくしなかった。

 この様子なら、健診は問題なく終わると思われたのだが――。

「実は僕、この秋から東京に拠点を移すんです。ベリーヒルズのレジデンスに入居することになったので、ちょうどいいと思いました」

「まあ、そうなんですか」

「それに来月からコンサートツァーが始まるので、その前にメディカルチェックがしたくて」

「ツァー?」
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