可愛くないから、キミがいい【完】
「広野」
目の前まで行き、立ち止まる。
名前を呼んだら、ゆっくりと顔をあげて、彼女は、一瞬だけ不貞腐れているような表情を浮かべた。
“遅いんですけど”、と文句を言われる前に、「遅いんですけど?」と聞いたら、不服そうに頷く。
さっきまで放っていた胡散臭いオーラが少し薄くなりはしたものの、やはり“余所行き”モードだ。密室にならないと、解除されない。それは、数日前の放課後、カラオケへ行ったときに分かったことだ。
「どれくらい待ったんだよ」
「……1時間くらい」
「それは嘘だろ」
「嘘だけど。みゆ、待つの好きじゃない」
「ん。まあ、悪かった」
「……別に、仕方ないから許すけど」
ふん、ってリアルで効果音がつきそうな仕草をするやつに、あんまり会ったことがないけれど、広野はそれをする。周りに人がいるから、めちゃくちゃ控えめではあるけれど。
その仕草が面白いのと、なぜか胸がこそばゆくなったので、また頬がゆるみかけて、その前に、「いくぞ」と声をかけた。
先に駅の出口に向かって、歩き出す。
「ちょっとっ、」と、また小さな文句が飛んできて、すぐに歩幅をゆるめた。
隣に並んで、ちらっと横目で広野を見おろしたら、「クレープ屋さんって、遠い?」と首を傾げてくる。
「ちょっと歩く」
「ふぅん。……ねえ、」
「ん?」
難しい顔になったから、この女は今から自分の言いたいことを頑張って言うのだなと思った。
「……一応聞くだけだけど」
「なんだよ」
「……あんた、今日も、みゆとクレープ食べに行くこと、お昼から考えてたわけ?」
小さな声が、駅内の騒がしさに紛れることなく、鼓膜に届く。
質問のかたちで受け取ったけれど、まるで、お昼からそう考えていろ、と言っているような口調だ。いや、それは、ただの俺の願望なのかもしれないけれど。
躊躇うことなく「考えてた」と言って頷いたら、また、ふんってするような感じで、目を逸らされた。