可愛くないから、キミがいい【完】
和泉しゅうが、本日二度目の欠伸をしたから、ムッとしながら見上げる。
「和泉しゅう」
「ん?」
「……ちゃんと、今日、みゆと会うの楽しみだった?」
「うん」
「それなら、いいけど」
ふい、と顔を背けたら、「かなりな」と付け足しの言葉が降って来たから、頷くだけ頷いてあげた。
横断歩道を渡りかけたときに、信号の青が点滅して足を止める。信号が赤の間、車の流れを眺めていたら、いつの間にか気が抜けてぼんやりとしてしまって。
─────「みゆ」
不意に名前を呼ばれて、ハッとする。再び青に変わったみたいで、手を引かれてまた歩き出した。
斜め後ろから、和泉しゅうをじっと見つめる。
耳朶には、もうリープロイのピアスはない。一生つけないで、と頼んだら、了承してくれた。
困ったことに、折り合いをつけられないこともあるみたいで、やっぱり元カノのことは今でも多少気にしてしまう。
だけど、そんなことよりも。
「みゆ」
「……もう。さっきから、なに?」
「別に。お前がムッとするのがウケるから、名前呼んだだけ」
なにそれ、と思いながら睨んだら、はは、と不透明な声で笑われた。
ムッとしているわけではない。だけど、未だに唇を尖らせたくなってしまうのだから、仕方がないのだ。
付き合ってすぐに、和泉しゅうは私のことを広野ではなくみゆと呼ぶようになった。初めて会った合コンでは、みゆって呼んでくれなかったくせにだ。
文句を言ったら、いつの話をしてんだよ、と呆れられたけれど、呆れたいのは私の方だった。
気がつけば、和泉しゅうに「みゆ」と呼ばれることに慣れてしまっているけれど、やっぱり、時々胸がくすぐったくなる。
私も気分がいいときだけ、「しゅう」と呼んであげることにしていた。この休日の間も、十回くらいなら呼んであげてもいいかもと思っている。
普段は、この男なんかは、「和泉しゅう」呼びで充分なのだ。