可愛くないから、キミがいい【完】



和泉しゅうが、本日二度目の欠伸をしたから、ムッとしながら見上げる。



「和泉しゅう」

「ん?」

「……ちゃんと、今日、みゆと会うの楽しみだった?」

「うん」

「それなら、いいけど」


ふい、と顔を背けたら、「かなりな」と付け足しの言葉が降って来たから、頷くだけ頷いてあげた。


横断歩道を渡りかけたときに、信号の青が点滅して足を止める。信号が赤の間、車の流れを眺めていたら、いつの間にか気が抜けてぼんやりとしてしまって。


─────「みゆ」


不意に名前を呼ばれて、ハッとする。再び青に変わったみたいで、手を引かれてまた歩き出した。

斜め後ろから、和泉しゅうをじっと見つめる。


耳朶には、もうリープロイのピアスはない。一生つけないで、と頼んだら、了承してくれた。

困ったことに、折り合いをつけられないこともあるみたいで、やっぱり元カノのことは今でも多少気にしてしまう。

だけど、そんなことよりも。



「みゆ」

「……もう。さっきから、なに?」

「別に。お前がムッとするのがウケるから、名前呼んだだけ」


なにそれ、と思いながら睨んだら、はは、と不透明な声で笑われた。

ムッとしているわけではない。だけど、未だに唇を尖らせたくなってしまうのだから、仕方がないのだ。


付き合ってすぐに、和泉しゅうは私のことを広野ではなくみゆと呼ぶようになった。初めて会った合コンでは、みゆって呼んでくれなかったくせにだ。

文句を言ったら、いつの話をしてんだよ、と呆れられたけれど、呆れたいのは私の方だった。

気がつけば、和泉しゅうに「みゆ」と呼ばれることに慣れてしまっているけれど、やっぱり、時々胸がくすぐったくなる。

私も気分がいいときだけ、「しゅう」と呼んであげることにしていた。この休日の間も、十回くらいなら呼んであげてもいいかもと思っている。

普段は、この男なんかは、「和泉しゅう」呼びで充分なのだ。



< 347 / 368 >

この作品をシェア

pagetop