可愛くないから、キミがいい【完】
二十分ほど歩いたところで、和泉しゅうが立ち止まった。ここな、と目の前の一軒家をゆるく指さしたから、見上げれば、建っていたのはクリーム色の二階建ての家だった。
ふぅん、ここで育ったんだ、とまた思う。
和泉しゅうに続いて、家のなかに入る。
和泉しゅうの匂いが充満していた。臭いわけではない。むしろ落ち着くし、清潔感のある好きなにおいだ。
「……お邪魔、します」
「おー」
「……和泉しゅう」
「なに」
「やっぱり、挨拶とかしないの失礼じゃない?」
靴もないし、物音もしない。両親は本当に不在みたいだ。
はじめて家に行くのがこんな日でよかったのだろうか。ここにきて心配になってきて、尋ねたら和泉しゅうはあっさりと首を横に振った。
「別に、言ってあるし」
「……何て?」
「みゆがくるからって。またいつか会ったとき挨拶したいならすればいいだろ」
「……みゆも、ママには、和泉しゅうの家に泊まること言ったよ」
「大丈夫だった?」
「だから、今、ここにいるんでしょ。馬鹿なの?」
「うぜぇ。はやく、靴脱げよ」
靴を脱いで、もう一度「お邪魔します」と言ったら、「何回言うんだよ」と笑われる。
ムカついたけれど睨まないで、ふいっと顔を背けたら、靴箱の上に置かれた写真立てが目に入って、思わず、そこに意識を向けてしまった。
金色で縁取られた写真立てのなかの、一枚の写真。
顔を近づけて、よく見てみる。
どうやら、家族写真のようだった。
和泉しゅうの両親らしき大人の人たちが後ろに立っていて、その前で三人の子どもたちが座っている。可愛い顔をした女の子たちの間で、整った顔をした仏頂面の男の子がピースをしている。
どう考えてもポーズと表情が一致していない。
幼い頃の、和泉しゅうなのだと思う。
一体、何歳のときの写真なのだろう。
ぬ、とすぐ隣で、和泉しゅうが微妙に背を曲げて、私が見ている写真に視線を向けた。
「いつの写真なの?」と聞いたら、「八歳くらい」と答えが返ってくる。
「和泉しゅう、お姉さんいたんだ」
「二人いる」
「ふぅん、末っ子なんだ。意外。みゆは、一人っ子」
「それは、全然、意外じゃない」
「お姉さん、何してるの?」
「一人は大学四年で、もう一人はもう働いてる」
「仲良し?」
「まあまあ。つーか、いつまで見てんだよ、お前」
「だって、和泉しゅうの顔、変なんだもん」
これ幼少期の俺のキメ顔な、と言われ、笑ってしまう。
満足するまで、写真の中の仏頂面を眺めた後、ようやく和泉しゅうの部屋へ向かった。