魔法通りの魔法を使わない時計屋さん
Ⅴ
その夜、金の懐中時計は仕舞わずにカウンター上に置いたままにした。ピゲはぐっすり眠っているリリカの隣に潜り込んで2時28分まで寝付けなかったけれど、結局昨日のような音はしなかった。お蔭でピゲは今日も少しだけ寝不足だ。
朝から何度目かの大きなあくびをして、ピゲは言った。
「今日も来るかな。あの人」
「さぁ」
そう答えてからリリカはキズミを外し振り子時計を見上げた。
「まぁ、来るとしたら多分そろそろ……」
そのときピゲの耳がピンと立ちドアの方を向いた。リリカが呆れ顔で続ける。
「ほら」
「やぁ、リリカちゃん、ピゲ」
ドアを開け笑顔を覗かせたのはやっぱり彼だった。――が、店内に彼が足を踏み入れた途端リリカとピゲの表情が強張った。
「フーっ!」
彼に向って、ピゲは全身の毛を逆立て威嚇の姿勢をとる。
「え、ピゲ? どうしたんだい」
戸惑うように彼がリリカの方を見ると、リリカも険しい顔つきをしていた。
「それはこっちの台詞です。どうしたんですか、ソレ」
「ソレ?」
リリカは彼を――彼の背後を指さした。
「良くないものが憑いてます」