魔法通りの魔法を使わない時計屋さん

「じゃあまた。リリカちゃん、ピゲ」

 ユリスに初めて撫でられてピゲは少しだけ尻尾を太くしたが、悪い気はしなかった。

「ありがとうございました」

 リリカは深く頭を下げ、ピゲも少しだけ頭を下げた。
 カランコロンと音を立て彼が去った後で、リリカはふぅと短く息を吐く。

「なんだかちょっとすっきりしないけど、とにかく直って良かった」

 その後一拍開けてから、彼女は漸く気づいたようだ。

「――ん? ちょっと待って。アディエール? ……ユリス・アディエールって」

 徐々にその顔が青ざめていくのをピゲはすぐ傍で見ていた。

「公爵家の三男坊じゃないの!?」

 悲鳴のような声を上げたリリカに呆れながらピゲはその腕からぴょんと飛び降りた。

「だからオレ言ったじゃないか。どこかで見たことがあるって」
「あんた、気づいてたの!?」

 凄い形相で見下ろしてきたリリカにピゲは言う。

「オレも、さっきのお客さんとの会話を聞いて思い出したんだよ」

 ――ユリス・アディエール。
 公爵家きっての切れ者で眉目秀麗と評判だが変わり者としても有名で、ゴシップ誌などで度々その動向が取り上げられている人物。
 つい先日も公爵家の次期当主を巡るいざこざがあるとかないとか週刊誌が散々騒いでいたのを、ピゲは魔法通りの本屋さんで見かけたのを思い出していた。
 ……ちなみにリリカはその類の記事には全く興味がなく、ほとんど読んだことがない。
< 36 / 38 >

この作品をシェア

pagetop