私と貴女の壊れた時計
それはそうだが、人に教えられる余裕などなかった。


「それに、人に教えるのも勉強の一つだぞ。志田が理解できたら、神山はその範囲は完璧に理解しているということになる」


そうは言うが、人に押し付けようとしているのが見え見えだった。


私はもう一度、きちんと断ろうとした。

だが、真宙がそれを許してくれなかった。


「お願いします、神山さん!」


私の腕を掴み、泣きそうになりながら言ってきた。


初対面で馴れ馴れしいと思った。

だが、これを断れば、私が悪者になってしまうような気がした。


「……じゃあ、私のクラスで教える」
「ありがとう!」


真宙は本当に嬉しそうに笑った。

その笑顔を見て、切羽詰まっていた私の心は、少し癒されたようだった。


真宙と職員室を出ると、並んで廊下を歩く。


何が楽しいのか、真宙はスキップでもしそうなくらい、足取りが軽かった。


「……志田君って、文系だよね」


無言でもよかった。

むしろ教室に着くまで、一切話さないでおこうと思った。


だけど、そんな状態でいきなり勉強を教えられるかと言われると、自信はなかった。


少しでも打ち解けておいたほうがいいと判断した。


そういうわけで、私は真宙に質問をする。


「うん、文系。数学とか理科とか、ずっと苦手なんだ」


私は緊張しているのに、真宙は変わらず笑顔だった。


「私と逆だね」


私の笑顔は、ぎこちない。

自分でもわかるくらいだ。


「数学ができるなんて、神山さんは凄いなあ」


でも、真宙は感心するばかりで、それには触れなかった。

私は胸を撫で下ろす。


しかし自分では普通だと思うことを褒められると、どうすればいいのかわからない。
< 12 / 25 >

この作品をシェア

pagetop