先生がいてくれるなら②【完】
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大晦日を翌日に控えた慌ただしい雰囲気の中、私は先生と一緒にある場所に来ていた。
先生の素顔は学校の誰にも知られていないとは言え、普段は滅多に学校や自宅周辺を一緒に歩いたりしない。
だけど今日は、先生の自宅と私の自宅のちょうど中間の駅に呼び出して、適当な理由をつけて駅前のカラオケの個室に先生を押し込んだ。
「俺は絶対歌わないからな」
「……はい、分かってます」
コートを脱いで、空いている座席に適当に置く。
曲を選んでいるふりをして、店員がドリンクを置いて立ち去るのを見届けた。
ふぅ、と一度呼吸を整えるように大きく息を吐き出したが、当然、整ったりなどするはずもない。
心臓が飛び出しそうなほどドクンドクンと脈打ち、手が小刻みに震える。
これから先に起こる事を想像するだけで、吐き気がした。
様子のおかしい私を察した先生が「体調が悪いなら帰った方がいいんじゃないか?」と言って私の背中を優しくさするが、私は静かに首を横に振ってそれを拒否する。
──早く切り出さなければ、本当に吐きそうだ。
私は意を決して、先生の目をしっかりと見て「とても大事なお話があります」と口にした。
少し掠れたけれど、怪しまれるほどの声ではなかった、と思う。
失敗は、許されない──。
私は先生から目を逸らさずに、じっと先生の瞳を見つめる。
こうやって正面から先生の美しいブルーグレーを見るのは、もうこれが最後になるだろうから──。