先生がいてくれるなら②【完】
……それにしても、こんな偶然があるなんて。
あの時の親切な男の人が、うちの学校の新任の英語教師だなんて。
「あの後、風邪ひかなかった?」
私はコクリと頷く。
驚きすぎて、声が出ない。
「そっか、それなら良かった。あと、傘、返さなくて良いって言ったのに」
確かにあの時この人はそう言ったけど、そんなわけにもいかなくて。
年が明けてしばらくしてから、乾かした傘と綺麗に洗濯したバスタオルと……お礼とお詫びを兼ねて、あまり甘くしすぎないように注意して焼いたクッキーを添えて、アパートのドアノブにぶら下げておいたのだ。
「いえ、お借りしたものはお返ししないと……。あの、あの時は本当にすみませんでした、ありがとうございました」
私が頭を下げると、細川先生は「どういたしまして」と言ってニッコリと笑った。
「あ、そうだ。クッキー、美味しかった。男の一人暮らしだし、手作りのクッキーなんか久しぶりに食べたから、涙出るほど旨かった」
「ふふっ、おおげさ……」
私が思わず笑うと、細川先生は私の頭をクシャリと撫でて「笑えるようになって、良かった」と言った。
そっか、私、あの時は泣きっぱなしだったもんね。
でもまぁ、今もあんまり変わりませんよ、あの時と。
さっきだって藤野先生の姿を見ただけで泣きそうになったし、あの時のことを思い出すと号泣出来る自信がある。
でも、泣いてばかりだと時間が全く進まなくて。
何かをやってる方が、早く時が過ぎるから。
なんとかその時をやり過ごすために、私は何かをしてるだけの日々で……。