先生がいてくれるなら②【完】
立花は俺の目から視線を外すこと無く、じっと俺を見つめている。
その瞳は少し揺れていたが、この時の俺には彼女の真意に気付くことは出来なかった。
だから俺は怪訝に思いつつも、立花の言葉に頷いたのだ──。
立花の瞳がもう一度、ほんの少しだけゆらりと揺れて、俺を映している。
そして、ゆっくりと、彼女はその言葉を口にした────
「先生、私と、別れて下さい」
立花の発した言葉が俺には一瞬、無意味な音の羅列にしか聞こえなかった。
いや、無意味な音の羅列であって欲しい、そう思いたかったんだと思う。
「立花……、いま、なんて……」
隣の個室からは、とても賑やかな曲とそれに合わせて歌い騒ぐ声が聞こえてくる。
「……別れて下さい、って言いました」
聞き返したところで、返って来る返事は同じ──。
「なん、で……」
「だって、先生とでは、普通にデートも出来ないし、放課後デートとかも出来ないから。先生は仕事が忙しそうだし。私、もう我慢するのに疲れました。だから、別れて下さい」
疲れた、……。
「……本気で、言ってる?」
「もちろんです」
本気、なのか、……でも、今までそんな素振りは、一度も…………。
今までの立花の言動を冷静に思い出していた時──
「私もう、先生と一緒にいるの、疲れちゃった……」
俺の思考を遮るように、立花の冷たい言葉の刃が、ため息と共に俺に向かって振り落とされた────。
そこまで言われて、もう俺が何かを言うことも無いだろう。
そうか……
そんなに別れたいんなら仕方ない……。
俺はひとこと小さな声で、「分かった……」とだけ言ってドアノブを引っ掴んで乱暴に開け、振り返ること無く、その忌々しい空間を後にした────。