先生がいてくれるなら②【完】
自宅へと帰り着いたが、帰り道のことはあまり覚えていない。
それよりも、立花が放った言葉が頭の中をグルグルと回っていて、頭がおかしくなりそうだ。
どうしてもっと早く言ってくれなかったのか。
俺は何度か聞いたはずだ、『我慢してないか?』と。
それなのに……。
──『疲れた』、か……。
ソファに目をやるとそこには、立花が『テレビを見る時に抱っこするクッションが欲しい』と珍しく俺にねだって買ったクッションがひとつ寂しそうに、ポツンと置かれている。
それを見たくなくて他に目を向けると、キッチンの食器棚に目が止まった。
俺がアイツのために買ったマグカップが見えて、俺はそこから目を逸らした。
目を逸らした先にもうアイツの事を思い出す物が何も無いことに安堵したが、ギュッと手に握りしめていたソレに気付いた俺は、ゲストルームへ行ってクローゼットから空の段ボール箱を引っ張り出し、手に持っていたソレを投げつけるように放り込んだ。
段ボール箱の底に投げつけられたソレが、大きな箱の中でやけに縮こまって見える。
アイツからクリスマスプレゼントとして貰った、手袋────。
段ボール箱を荒々しく掴んでリビングへ戻り、ソファの上にあったクッションを放り込む。
そのままズルズルと引き摺ってキッチンへと移動し、一緒に食事をする時に使っていたアイツ用の食器類を適当に放り込んだ。
最後に、いつもアイツがコーヒーを飲む時に使っていたマグカップを乱暴に放り込むと、ガチャンと不穏な音がしたが、俺は気に留めること無く段ボールの蓋を閉じ、再びゲストルームのクローゼットに放り込み扉をバタンと音を立てて閉めた。
アイツの物は全て箱に入れた。
思い出も、一緒に────。
もう思い出す気もしない。
もう少し経ったら、あの箱ごと処分すれば良い。
俺は、立花の事を忘れるために、箱にも、自分の心にも、蓋をしっかりと閉めた────。