身代わり花嫁なのに、極上御曹司は求愛の手を緩めない
川嶺さまからの電話が切れると、私は少しひとりになりたくて事務所を出た。

時が経過すれば彼への気持ちは少しずつ形を変えていくのかもしれない。

けれどまだそれには早くて、胸が引き裂かれたみたいに痛かった。

生まれて初めて好きになった人なのだ。簡単に忘れられるはずがない。

「今井さん、いいところに」

するとパントリーの前で、北瀬マネージャーにばったり会った。

ぱっと笑顔を向けられ、私は彼を見上げる。

「……何かありましたか?」

「うん。今日の仕事終わりに食事でもどうかな? 店は俺に任せて」

もしかして菖悟さんの話だろうかと、私はとっさに身構えた。

けれど北瀬マネージャーは普段から社員を個別に食事に連れて行き、さりげなくその悩みを聞き出すというようなことをしている。通常のそれで誘っているのかどちらなのか判別がつかず、私は答えに窮した。

後者なら社内の風通しをよくするためにとても有意なことだ。

「……」

「はい、決まり。時間切れ。じゃあまたあとでね」

押し黙っていると一方的に決められて、北瀬マネージャーは颯爽と去っていった。

私はため息をつく。

そもそも彼が、私と菖悟さんが別れたことを知っているのかどうかもわからないのだ。川嶺さまから話を聞いたばかりで、ひとりでいるよりは気分転換になるかもしれなかった。


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