ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-


「た、ただいま」


しおらしく部屋に上がってくる。

ぼんやりと廊下を歩きながら、唇へと手を伸ばしていた。

その仕草からは、俺とのキスを思い出していることが明白で。

あからさまに俺を男だと意識しているような様子に、言いようのない高ぶりに襲われる。


「おかえり」


応えるように言うと、俺と目があった愛花は、耳たぶまで真っ赤に染めた。


……そんな顔されると、……なんかもう、やばいんだけど。

いじめたくなるだろ。


すでに揺らぎそうになってしまった意志をなんとか持ちこたえさせて、俺は愛花から視線を引き剥がした。


「早く風呂入ってこいよ。明日も早いだろ」

「うん」


愛花は素直に頷いて、さっさと支度を始めた。

その姿が脱衣所へと消えてから、区切られた空間に、俺はひとり脱力する。
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