ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
閉じ込めた小さな体が、身をよじる。
柔らかなシャンプーの香りがふわりと鼻をくすぐってきた。
「おーちゃん、……わたし」
聞こえてきた頼りなく震えた声に、俺はまぶたを開いた。
すぐに、こちらを見上げている愛花の瞳とぶつかる。
その目つきは、公園で俺を見つめていたときと、同じ色を浮かべていた。
「わたし、本当におーちゃんのこと、す——」
——俺は咄嗟に、片手で愛花のほっぺを挟んだ。
突き出た唇は、言葉を続けることができなくなって、愛花の声はそこで途切れた。
「……だめ。……言っただろ、俺。考えるって」
「む、う……」
愛花はなにかを訴えるように、もごもごと口を動かした。
——危なかった。
この状況で、その言葉を聞いてしまったら……、俺は今度こそ、自分を保てなくなる。