ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
しばらくして、諦めたのか、愛花がコクコクと頷いた。
手を離すと、柔らかいほっぺたが元の膨らみを取り戻す。
けれど、下唇は突き出たままだった。
「まだ、不安?」
いじけるように主張をしているそこをつつくと、すぐに引っ込んだ。
質問の答えを迷うように、愛花の瞳が揺れる。
……もどかしいな……。
伝えられない想いを視線に込めて、じっと見つめた。
それを感じとってくれたのか、そうじゃないのかわからないけれど、愛花がゆるゆると首を振った。
俺は、愛花の前髪をさらりとどかすと、おでこにそっと唇を寄せる。
……今はこれで、許してほしい。
「おやすみ」
……ごめんな。
こんな中途半端なこと、するべきじゃないって、頭ではわかってる。
いつか、言える日がきたら、ちゃんと言葉にするから、……そのときまで……。
回した腕に少しだけ力を込めると、愛花の微熱のような体温が伝わってきた。
……そのときがくるまで……俺も頑張るから。
今はもう少しだけ……、この甘い熱に、浮かされていたい。