ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
「あんま、煽るなって」
そっと唇が重なった。
優しく、触れるだけのキス。
ゆっくりと離れたおーちゃんは、決まりが悪そうにこちらを見下ろした。
わたしはふにゃりと笑って見せる。
「ありがとう。……これで、いつまででも待てちゃう」
「……愛花」
おーちゃんは、たたでさえ困らせていた眉を、さらにハの字にしたかと思うと、……もう一度わたしを引き寄せた。
小さな声で「ごめん」と囁きながら、抱きしめてくれる。
「……いつになるかわからないけど、そのときがきたら、ちゃんと言うから」
「うん」
「もう一回、ちゃんと伝えるよ。俺の気持ち」
おーちゃんの腕の中で、わたしは何度も頷いた。
ポンポンと頭を撫でてくれる感触が心地いい。
——本当は、もうこのまま、離れたくない。
けれど、そんなわたしの思いが叶うはずもなく、おーちゃんはあっけなく離れてしまった。