ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
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病室のドアを開けると、わたしはゆっくりと足を踏み入れた。
静かな室内に、松葉杖の軋む音が響く。
「……ひとりで来るの、久しぶりだ」
わざわざ歩けないときに来るのもどうかと思ったけれど……なんとなく、お姉ちゃんの顔を見たい気分だったんだ。
荷物を置いてから、ベッドの脇に置いてある丸椅子にゆっくりと腰を下ろす。
……康晴と話すことができて、自分の気持ちをちゃんと伝えることができて、胸の内にあるモヤを晴らすことができた。
なんだか安心してしまって、放課後、……気がついたら、わたしの足はここに向かっていた。
ベッドに横たわるお姉ちゃんに向かって、へへ、と笑いかけた。
「見てよ、この足。ダサくない?」
お姉ちゃんの様子は、特に変わりないようだった。
「……ここのところ、色々あったよ」
わたしは、いつものようにお姉ちゃんの手を取った。
「感情が忙しくて、少し疲れちゃった。でも、すごく幸せなこともあったよ」
わたしの報告には、当たり前のように返事はない。
白い壁がわたしの声を吸い込むようにして、静寂が訪れる。
……今までは、この静けさが耐えられなかった。