ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
「——いか、愛花」
「ん……」
「もう着くぞ」
肩を揺らされる感覚に、わたしは身をよじる。
重たい瞼を何度か瞬かせると、自分がバスの中にいることに気がついた。
目をこすりながら、お姉ちゃんのお見舞いの帰り道であることを思い出す。
どうやら揺れの心地よさに、我慢できずおーちゃんに寄りかかって眠ってしまっていたみたいだ。
こちらを見下ろしているおーちゃんが、わたしの口元に触れた。
な、なに……?
不意の出来事にドキリとして、
「よだれ」
「……え、嘘っ」
慌てて口元を隠すと、おーちゃんはニッ、と笑顔を浮かべた。
「嘘」
「……」
……ドキッとして、損した……。
わたしはおーちゃんに抗議の目を向けながら、一応、口元を丁寧に拭った。