ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
——ガチャリ。
玄関のほうで聞こえた鍵を回す音に、わたしはほとんど飛び上がる形で立ち上がった。
——そうだ、鍵……っ。
お姉ちゃんが使っていた鍵を、今はおーちゃんに預けていることを思い出したわたしは、持っていたカードを戻し、紙袋を奥へと押し込んだ。
……この気持ちは、今、わたしがおーちゃんに知らせていいものじゃない。
お姉ちゃん自身から、伝えるべきものだ。
「……愛花?」
少し間が空いて、廊下から近づいてくる足音に、慌てて顔を拭う。
ベッドの上の携帯を引っ掴むのと、扉が開かれるのは同時だった。
顔を覗かせたおーちゃんに、わたしはヘラリと笑顔を取り繕った。
「ごめん……電話、気づかなくて。……今かけ直そうと思ったとこ」
「ああ、いいよ。……持ってく本は決まった?」
「うん」
「飯、出来たよ」
「わざわざ呼びに来てくれたんだ」
「ありがとー」と、顔を伏せながら、荷物に手を伸ばす。
……その手首を、おーちゃんが制すように掴んだ。
俯かせていた頬に手を添えられ、上を向かされる。
「おーちゃん……?」
戸惑ったまま見つめ返すと、顔を包むように触れている大きな手が、そのままわたしの目元をすり、と撫でた。