ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
弱々しい囁きが聞こえたと同時に、後ろから抱きすくめられた。
わたしの手から、バサバサッと荷物がすべて落ちた。
戸惑うわたしを強く閉じ込めたまま、おーちゃんが手を伸ばし——ガチャ、と鍵を閉めた。
「俺がお前にできることなんて、限られてるから……不安を全部吐き出せなんて、言わないよ。……口に出したくないことだって、あるだろ」
泣きたいほど優しい声が、わたしの耳の裏をくすぐったくする。
「言いたくないなら言わなくていい。……ただ、俺に愛想つかしたってだけでも、それでもいい。……だから……」
ぎゅう、とさらに力を込められて、痛いほどだった。
「ここにいろよ」
その痛みがおーちゃんにも伝染しているように、苦しそうに言葉がこぼされた。
「結花が戻ってくるまでで、いいから。……お前がひとりで耐えて、押しつぶされそうになってんの、……見てらんない」
おーちゃんの想いは、嬉しくて仕方がなかった。
「ひとりにしたくない」
わたしも……本当は、ひとりになりたくない……。
……おーちゃん……。
「他の誰かじゃなくて、……俺が、そばにいてやりたいって、思う」
「……っ」
わたしはたまらなくなって、——気がつくと、拘束から逃れて振り向き、その胸へ飛び込むように抱きついていた。